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大阪地方裁判所 昭和53年(ワ)4665号 判決

原告

松村惇

原告

北原吉則

原告

藤原祥智

右原告三名訴訟代理人

町彰義

右訴訟復代理人

西口徹

被告

株式会社天遊

右代表者

若狭高歳

右訴訟代理人

塩見利夫

外四名

主文

一  被告は、原告松村惇に対し金一二万七三三九円、原告北原吉則に対し金四万四四〇〇円、原告藤原祥智に対し金三万六〇〇〇円及び右各金員に対する昭和五三年八月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一原告松村が訴外三共自動車株式会社の代表取締役、原告北原が右訴外会社の経理課長、原告藤原が右訴外会社の経理課員であることは、原告北原本人尋問の結果によつて認められ、被告が肩書住所でサウナ風呂「天遊」を経営するものであること及び原告らが昭和五三年三月二五日午後七時三〇分分頃入浴のため「天遊」を訪れたことは、当事者間に争いがない。

そして、〈証拠〉によれば、原告らは、右当日が給料日であつたため、「天遊」を訪れた際も原告松村が役員報酬四二万四四六四円、原告北原が給料一四万八〇〇〇円、原告藤原が給料一二万円の各現金を給料袋に入れたまま所持していた(なお、これ以外にも入浴料金に充てられた分等の現金を所持していたようであるが、それは本件とは関係がない)が、原告北原が、入浴に先立ち右の原告らの三名分の給料袋を一括して貴重品預袋に入れて「天遊」のフロント係に預け引換券の交付を受けたのち、他の原告二名とともに、衣服を備付けのロツカーに格納し施錠した上で、入浴しマツサージを受け、しかるのちロツカールームに戻つて衣服を着、さて貴重品を引出そうとしたところ、引換券が無くなつており、さきにフロントに預けた貴重品預袋はすでに何者かによつて引換券と引換に引き出されてしまつていることが判つて、結局原告らは右貴重品預袋に入れた前記給料袋入り現金の返還を受けることができなかつたことが認められる。

二そこで、まず、この事故(本件事故)がどうして起つたのかを考えてみる。

原告らは、引換券は原告北原が背広のポケツトに入れロツカーに格納してあつたのが盗まれたのだと主張する。そして、証人杉さちこの証言及び原告北原本人尋問の結果によれば、ロツカーの施錠及び解錠は入浴客に一名ずつつくヘルパーと呼ばれる女性がすることになつていたことが認められるところ、原告北原本人は、その施錠が不完全であつたか或いは合鍵で開けられたがために引換券が盗まれたのだとしか考えられないという。しかし、〈証拠〉によれば、「天遊」のロツカーの錠は鍵を鍵穴にさしこみこれを回して施錠する構造になつていること、ヘルパーはかねがねロツカーに施錠する場合は二、三度把手を引いてみて確実に施錠できているかどうか確認するよう教育を受けており、原告北原についたヘルパーの杉さちこもそのようにして施錠を確認したといつていること、また原告北原も杉が鍵を鍵穴にさしこんだところは見ていること、施錠したのちの鍵は原告北原が紐で首にかけてサウナ風呂に入浴し、その後のマツサーシのときには外されたが原告北原及び杉のすぐ身近におかれていたこと、そして原告北原及び杉がロツカールームに戻つたときも原告北原のロツカーは施錠されたままであつたとみられること、「天遊」には入浴客のためのロツカーは約八〇個設置されているが、その錠の不良や鍵の紛失の有無は毎朝点検されており、ロツカーは錠の不良や鍵の紛失の場合に取替えられるほか合鍵の型を取られるのを防ぐために定期的に設置場所の入替えもなされていること、予備鍵はフロント係二名のいるフロントの奥の金庫に仕舞われていて容易に盗み出し得ないこと、原告北原が本件事故当日使用したロツカーの錠は本件事故直後警察が調べたときにも傷やこじ開けた痕跡はみられなかつたことが認められる。ところで、「天遊」では、客から貴重品を預かる場合、フロントで客に貴重品預袋の表面に氏名を記載して貰つた上フロント係が貴重品の入つた貴重品預袋を受取り客には氏名の記載されていない引換券を渡し、客に貴重品を返す場合には、客がフロント係に引換券を差出すと同時に口頭で自己の氏名を告げフロント係は貴重品袋の番号と引換券の番号、貴重品預袋に記載された氏名と口頭で告げられた氏名をそれぞれ照合しそのいずれもが一致したときにはじめて貴重品を返還するシステムを採用していることは、当事者間に争いがないが、「天遊」で本件事故後使用している貴重品預袋であることに争いのない、〈証拠〉によれば、「天遊」では本件事故当時は引換券にも客の氏名を記載する欄のある(現在使用しているものは、そこに「引換券にはお名前を書かないで下さい」との赤のゴム印が押してあるが、本件事故当時使用していたものには、そのようなゴム印は押してなかつた)貴重品預袋を使用していたこと、原告北原は前記のとおり貴重品を預けた際、貴重品預袋の本体には勿論のこと引換券にも自己の氏名を記載したが、このとき原告北原から貴重品を預かつたのは被告に入社して一ケ月余りしか経つていなかつたフロント係山口チエ子で、同女は原告北原が引換券に氏名を記載するのを何ら制止することなく(原告北原は記載するようにいわれたという)且つその氏名を記載した引換券をそのまま原告北原に交付したことが認められる。そして、原告北原本人は、その引換券は財布などには仕舞わず直接背広の外側右のポケツトに奥深く押し込んだといつている。

以上の認定事実をもとにして考えてみると、さきの認定と異りヘルパー杉のロツカーの施錠が不完全であつたという可能性も絶無とはいい切れないかも知れないが、寧ろ原告北原が引換券をポケツトに入れたつもりで落し、これを拾つた何者かがこれに記載された原告北原の氏名を知り自ら原告北原になりすまして貴重品を引出したとみるのが最も自然な見方であろうと思われる。原告北原本人の供述は、このような認定に反する限度では措信できないし他にこのような認定を左右するに足りる証拠はない。

三そこで、次に、本件事故についての被告の責任の有無について検討してみる。

原告らは、まず被告もしくはその従業員のロツカーの管理の不十分をいうが、被告もしくはその従業員にロツカーの管理について何らの過誤もなかつたものとみてよいことは、前項の認定から明らかであろう。

問題は、前項の認定のように、被告の従業員であるフロント係山口チエ子が、原告北原が貴重品預袋の引換券にも同原告の氏名を記載するのを黙過もしくは慫慂し、その氏名の記載された引換券をそのまま同原告に交付した点にあるが、寄託の目的物が貴重品である以上、受託者たる被告にはそれに相応した高度の注意義務が課せられると解されるところ、引換券を客の氏名が記載されたままにして客に交付すれば、それが盗取され或いは遺失された場合に、それによつて容易に第三者が貴重品を引き出す危険性があることは見易い道理であるから、被告としては、そのようなことを予防するために、現在なされているように引換券には客の氏名が記載できないようにしておくとか、フロント係に引換券には客の氏名を記載しないよう注意させるとか、もし記載されてしまつたら別の貴重品預袋と取替えるとかする義務を負うものというべく、それを怠つたがために預かつた貴重品を返還することができず、これを預けた客に損害が生ずれば、その損害を賠償する義務を負うものといわなければならない。被告は、被告ないしその従業員としては、引換券の所持によつて貴重品預入れ客を確認すれば、その法的義務は尽されたものというべきであると主張する。右主張の趣旨は、引換券をいわゆる免責証券とみ、その所持によつて債権者の同一性を確認して弁済したものである以上、悪意又は重過失がない限り免責されるというものと解されるが、本件で問題となるのは、弁済の際の過失の有無よりは寧ろ引換券発行の際の過失の有無なのであつて、前記のような義務が肯定される以上、被告のフロント係としては、誤つて客にその氏名の記載された引換券を交付してしまつた場合には、これと引換に貴重品を渡すにあたつては、単に引換券の所持だけでなく身分証明書その他のより確実な手段によつて債権者の同一性を確認した上で弁済するのでなければ免責されないものというべく、被告の右主張は理由がない。

もつとも、以上のような見解に対しては、原告北原は貴重品預袋の中身をフロント係に明告していないから、商法五九五条により、被告は損害賠償責任を負わないという反論もあるかも知れない。確かに、本件全証拠によつても、原告北原がフロント係に貴重品預袋の中身が金銭であることやその金額を告げた形跡はない。しかし、商法五九五条が設けられた趣旨は、高価品については、それがどの程度の高価品かを知らされることなく寄託されても、場屋の主人としては適切な保管方法をとれないし(知らされれば、受託を拒むことや適当な報酬を請求することもありうる)、それでいて損害が生ずれば賠償責任を負いしかもそれが高額になるというのでは、余りに場屋の主人に過酷だからであるが、そのような趣旨からすれば、同条にいわゆる種類及び価額の明告というのも、場屋の主人に寄託を引受けるかどうかを決めさせ、適切な保管方法をとらしめるに足る程度の告知があれば十分だと考えられるし、必ずしも明示的に告げられなくともその場の状況で右のことがわかれば十分であると考えられる。本件の場合、前記のとおり預けるものが金銭であることやその金額を明示的に告げることこそなされなかつたけれども、貴重品預袋は、〈証拠〉によつて明らかなとおり、大型封筒様のものであり、これには金銭を入れて預けるのが通常であるし、原告北原本人尋問の結果によれば、同原告はフロント係に手伝つて貰つて前記給料袋を貴重品預袋に押し込んだというのであるから、フロント係は、原告北原の預けた貴重品預袋の中身が金銭であることは預かつたときによくわかつていたものと認められる。また、その金額も、こうした場合 金銭の通常の保管方法である金庫に格納するという方法では足らずより厳重な保管方法をとらなければならないとか、滅失の場合損害賠償責任を認めれば場屋の主人に過酷になるとかいうような著しい高額ではなく、通常人が貴重品預けに預けるのが妥当と判断する程度の金額といつてよく、フロント係は、原告北原の預けた貴重品預袋の中身の金額の具体的数額は知らなくとも右の程度の金額であることは知つていたものと認むべきである。してみれば、本件の場合、高価品の種類及び価額の明告は、あつたか又はあつたと同視すべきものとみるべきで、被告は、寄託物返還不能により原告らが蒙つた損害を賠償する責任を負うものといわなければならない。

四原告らは、本件事故によつて前記各役員報酬ないし給料を喪失し右同額の損害、すなわち、原告松村四二万四四六四円、原告北原一四万八〇〇〇円、原告藤原一二万円の損害を蒙つたものとみられるが、さきの認定事実からすれば、本件事故の主因は、原告北原が引換券を落したことにあるとみられるので、本件事故については原告らにも過失があつたものというべく(原告北原の過失は、原告松村、同藤原にとつても自らの過失と同視すべきものである)、この過失を斟酌することとなるが、その過失割合は七割とみるのが相当である。

五そうすると、被告は、原告らに対し、前記損害金の三割、すなわち、原告松村に対しては一二万七三三九円、原告北原に対しては四万四四〇〇円、原告藤原に対しては三万六〇〇〇円の損害賠償金と右各金員に対する訴状送達の日の翌日であること記録上明白な昭和五三年八月一七日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務を負うこととなる。

よつて、原告らの本訴請求を右各支払義務の履行を求める限度で正当として認容し、その余を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条本文、八九条、九三条一項本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。 (露木靖郎)

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